キュレーターって何なのよ?
アート業界で働く人も、キュレーションという言葉を一口に説明できる人は、意外と少ない。未確定な部分の多い言葉だと思う。
今回のテーマはややこしいし堅苦しい文章になっているかもしれないし、あくまで私の見解になります。
さて、キュレーションに含まれる意味には、様々な側面がある。
今回はそのうちの2つを紹介したい。
ひとつは、展覧会(美術館の展示など)に出す作品を選び、並べ、意味づけていく、展覧会企画としてのキュレーション。
もうひとつは、IT用語としてのキュレーションだ。「キュレーション」とネット検索すると「インターネット上の情報を集めること」「集めた情報を分類・整理して新しい価値を与えること」といった説明が真っ先にヒットする。集めた情報を特定のルールに従って分類・公開しているサイトをキュレーションメディアと称することがある。
どちらも「情報を集めて、整理し、意味を与える」という点で、実は地続きだ。
わたしがこの言葉に初めて出会ったのは、高校3年生の授業だった。バンタンデザイン研究所という服飾の専門学校で、週に一度、3時間ほど、ファッションにまつわる文化を学ぶ授業があった。講師はスタイリストの方で、ファッションを中心に、アートや建築、音楽や漫画、映画といったサブカルチャーにも詳しい人だった。毎週、ファッションにまつわる文献が大量に配られる。まず各自で読み、それから少しずつ感想を話し合う。
その中の一冊のタイトルが、「陳列とキュレーション」だった。
キュレーションって、何なのよ?正直、読む前はそう思っていた。でも、読んだ瞬間、こんな物の見方が存在するのか、と思った。
その本は、「2012年3月、銀座すずらん通りのコマツビル東館に『ユニクロギンザ』、西館に『ドーバーストリートマーケット ギンザ・コムデギャルソン』がオープンした。日本のファストファッションを代表するユニクロと、同じく日本のハイファッションを代表するコムデギャルソンが左右対称に鎮座したかたちだ。」という書き出しから、ユニクロとギャルソン、それぞれの陳列の違いをキュレーションの観点から紐解いていく、凄まじい文章に接続してゆく。陳列という行為そのものが、モノを選び、並べ、意味を与える、キュレーションという営みなのだ、というのがこの本の視点だった。
バラバラだった出来事が、いとも容易く整理され、線になって繋がっていく。日常にあるものが、アートやファッションという華やかで非日常的な文化に接続していく。そんなことがあるのかと、妙に納得させられた。集めた情報を、整理し、意味を与える。それがキュレーションと呼ばれているものだった。
そんな文献を教えてくださった先生が当時「服のデザインのインスピレーションになるからいいよ」と言って、関西にあるいくつものギャラリーを勧めてくれた。それから、高校時代、様々なギャラリーに通うようになった。
まだこの頃は、自分が数年後、この時通っていたギャラリーや展示と地続きの場所で、本当に働くことになるとは思ってもいなかった。
『拡張するキュレーション』
キュレーションという言葉にはいくつかの側面があるが、ここでは本書の意図に即して、二つの焦点に絞っていこう。まず一つが、展覧会企画としてのキュレーションである。(中略)この場合のキュレーションとは、展覧会企画に関わる業務を緩やかにまとめる総称と言える。そしてもう一つの観点が、IT用語としてのキュレーションである。検索エンジンに「キュレーション」という言葉を入力すると、「インターネット上の情報を集めること」「集めた情報を分類・整理して新しい価値を与えること」といった説明が真っ先にヒットする。またその延長線上で、集めた情報を特定のルールに従って分類・公開しているサイトをキュレーションメディアと称することがある。(中略)展覧会企画とネット検索。一見したところ、この二つのキュレーションは互いに何の関係もなく併存している。私の知る限り、両者には情報の収集・分類という紛れもない共通点があることがわかる。
著書「拡張するキュレーション」著者:暮沢剛巳
2012年3月、銀座すずらん通りのコマツビル東館に『ユニクロギンザ』、西館に『ドーバーストリートマーケット ギンザ・コムデギャルソン』がオープンした。日本のファストファッションを代表するユニクロと、同じく日本のハイファッションを代表するコムデギャルソンが左右対称に鎮座したかたちだ。
著書「陳列とキュレーション」著者:南後由和
