No.01 — 06
Category日々のこと
Date2026.09.12
Read約3分

18歳〜22歳、どんな4年間でしたか?

文:岡田寛子 / commonseeds editor

あなたは18〜22歳、どんな4年間を過ごしていましたか?

わたしは大学1年生の秋、学校を辞めた。そこから、世代も属するグループも関係なく、たくさんの人に出会う日々が始まった。

「ここではないどこかへ」これは、当時よく一緒に夕飯を食べた友人・(R兄さん)の言葉である。彼は大学で女性服装史を学んだあと、大阪文化服装学院に入学して服をデザインする人になった。当時わたしはその学校がある地域Mに住んでいて、彼や他の友人たちと、食卓を囲いながら夜更けまで毎日飽きずにファッションの話をして過ごした。

彼が教えてくれたのは、19世紀イギリスで自転車が生まれたことで、女性たちの行動範囲が一気に広がり、社会進出につながっていったというお話。それまで窮屈なコルセットドレスの中に押し込められていた身体が、ペダルを漕ぐことで、初めて自分の力でどこへでも行けるようになった。「ここではないどこかへ」は、彼にとって「何かを始める原動力になるような」特別な意味を持つ言葉だったのだと思う。彼の言葉を借りるなら、わたしはずっと「ここではないどこかへ」を目指してサラサラとさまよっていた。とにかく、今日とは違う明日にしたかったのだ。

多くの同世代が大学生をしていた4年間、わたしはとにかくたくさんのアルバイトをした。一番多い時は週7日、1日10時間、掛け持ちで働いた。その反対に半日ほどしか働かない期間も作ってみた。ベーグル屋さん、歯医者、ギャラリーM、ホテル清掃、本屋さん、ギャラリーI、縫製工場、不動産屋でのグラフィックデザイン。元々、大学へ行く予定だった4年間はやってみたい事、全部やってみようと様々な世代が属するグループや考え方も全く違う人たちに出会いながら働いた。

色んな考え方や生き方、ライフステージを観察したかったからアルバイトを始めた。

ある人は、歯科衛生士をする傍ら朝から寝るまで予定びっしりで4人の子供の育児と家事をこなす。ある人は、昼過ぎまで寝てトボトボとアトリエへ向かい翌朝まで服を縫う。またある人は、日本各地、世界各国へ美術作品を販売しに行く。朝は大阪にいて夕方には東京、次の日の朝は機内、どこかの国の空の上。

一緒に働かせていただいた人たちはほとんど年上(23〜60歳)で時には、私と同じ大学生くらいの時「何してたか」とか「何考えてた」とか話を聞かせてもらうこともあった。同じ季節が巡って一年が過ぎていくのに、人によって全く違う時を過ごし、時間の流れ方をしている。それは、ごく当たり前な事なのだけれどぐるぐるとやたら主人公の多い小説に迷い込んだみたいで面白かった。そんな主人公みたいな少し変わった人たちの「私の周りのヘンな人たち」シリーズもこれから書いていきたい。

どこか遠くに行くというのも良いし。それとは別に私は現実社会の中で「ここではないどこかへ」連れて行ってくれる、そんな非現実のときめきを与えてくれるファッションのような普遍的なものを、わたしは今もまだ探しています。あなたにとっての「ここではないどこかへ」連れて行ってくれるものは、何ですか?

岡田寛子commonseeds担当者/エディター・キュレーター

文筆とキュレーションを軸に"Around the common seeds"の日々の事、アート、ファッションについて書いています。

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